2010年3月31日(水曜日)、庫裡玄関ドアホンチャイムが鳴った。一向に定まらない天候の昨今、貴重な温かな日和につられ境内の掃除をしていたが、たまたま用事があって別棟の寺務所に戻ったところだったので、作務衣のまま外から玄関に回って応対した。60歳前後だろうか、背が高く一見品のよさそうな見知らぬ男性が立っていた。
挨拶もそこそこ、「○○仏具店からの紹介で参りました」という男性の話は、去る1月21日母親を亡くした。葬儀も読経もないまま葬儀社を介して荼毘に付した。これは亡くなった母親が生前の遺志である。実家の菩提寺は浄土真宗で東京にあるが、母親の遺志はそこに納めることも拒み、海でも山でもよいから撒いてしまうように、というのであった。そしてお骨は今も私の手許にある。いわゆる最近言われるところの「直葬」である。
ここまでは最近よくある(聞く)話であって別に驚くことではないが、秀森山清水寺に来たのは「法名」を付けてほしいというのである。
母親の遺志が、何で「直葬」を望んだのか問いかけもしなかったが、この男性が母親の遺志を素直に守ってそうしたこと、それはそれで決して責められる行為ではない。だがなぜ「法名」なのか理解できないので尋ねた。
男性は、母親の遺体を荼毘に付し、お骨にして自宅マンションに置いていたが、そこにわだかまりがあった。
母親は海や山、どこでもよいから撒いてしまえ、という遺志であったはず。それを7・7日忌(49日忌)も過ぎてまだいたずらに70日ほど自宅マンションに置いたままである。
母親の遺志を忠実に守り「直葬」に踏み切った以上49日忌が過ぎてなお(?)という発想もこの男性には不似合いであり不可解だが、さらに、いつの間にかつい甲府バイパスのH仏具店にふらふらっと入ってしまったのだ。
そこで勧められたのが、下部が納骨室になっているという仏壇だった。
この男性に、秀森山清水寺を紹介したのは、仏壇を購入したH仏具店ではなく、秀森山清水寺がある甲州市のS仏具店である。そこで男性は仏壇の下に納骨する場所があるなど聞いたことがないと知らされた。さらに、仏壇を求めてそこに遺骨を納めてあるのなら位牌がないと不自然だ。どこかの寺に行って「法名」を付けてもらいなさい、と諭された。
逡巡の末、男性はS仏具店に言われるまま秀森山清水寺を訪ねてきたのであった。
責めたわけではないが私は、なぜ母親の遺志を一貫しなかったかと尋ねた。
それは男性本人にも理解できなかったようだ。
法名を付すにあたって私は、亡くなった母親の人となりを男性に尋ねた。大正5年生まれの94歳。当時の女性にしては稀有なる高等女学校出であった。
優しくとてもよい母親だった。その母親とずっと二人で暮らしていたという。
賢媛八達大姉
八は、母親の俗名一字を入れた。
秀森山清水寺は、これまでも恵まれない多くの人に「志」の布施を頂いてお戒名(法名)をつけ葬儀をしてきたが、そのすべての故人に、女性は大姉、男性は居士を付している。
亡くなってお釈迦様の弟子になられた人たちは皆平等でなければならないと言う私のこだわりである。それらのご遺骨は、18坪の小さな本堂の地下納骨室に安置されているが、今回のようなケースは始めてである。
仏壇の中の母親をいつまでお守りできるか、男性のわだかまりが理解できた気もするが、生身の男性はこれから一人。さて・・・。
お寺って何のためにあるんだろう?日本中いたるところ大小さまざまゴロゴロしています。
国宝・重文などの仏像・伽藍・庭園等ある寺は連日賑わっているようですが、何も無い私が住職する寺など一日中誰も来ないなどと言う日がいっぱいあります。来るのは郵便配達か宅配便の人。
自分ではそんなに気難しい住職ではない。むしろどちらかと言えば気のよい話し好きな和尚さんだと思っているのだけれど、なぜ誰も寄り付かないのかなァ・・・などと思っています。
誰でも良い、相談事があったら気楽にきてくれればいつでも話し相手になれるのに・・・などとも思っています。
昨年(2009)は、日本全国で3万2千7百53人もが自殺し、1998年以来12年連続3万人を超えたと伝えられています。
命って自分一人のものでなんか無いってこと知ってほしいですよね。
死にたいほどの悩みがあったら近くのお寺に飛び込めばいいのになァ・・・と思います。きっと死ななくても良い話しが聞かれると思いますよ。
そう言えば自殺者の一番多いのが私が住む山梨県だって・・・?
それがみんな山梨県人ばかりでは無いようですが・・・山梨県って死に易いところが多いって言うことでしょうかネ。
それなら山梨に入ったら死ぬまでに一度私のところに来てくれれば良いのになァ。と思っています。
貧乏寺ですからお金の用立てはできませんが、何か知恵が浮かぶのではないか思います。
秀森山清水寺ではごくシンプルな家族葬を厳修させていただきました。上の写真がその荘厳です。両サイド一対のお華が2万円のほかは棺、霊柩車、火葬料とお布施(お戒名含む)そのすべてで60万円でした。
上の写真は、2009年10月3日秀森山清水寺で厳修した家族葬の祭壇です。本年6月まで税理士として現役で働いていた79歳になる夫の葬儀を秀森山清水寺に委任されました。永年のご労苦を、家族葬とはいえ華やかな祭壇で懇ろに弔いたいとの希望で華祭壇にいたしました。
秀森山清水寺のご本尊の前に設(しつら)えた華祭壇の正面には当然遺影が置かれ、祭壇の前にはご家族やご親族方が列席されるわけですが、この写真では、個人情報保護のため、まだご遺体が安置される前(葬儀前)のものを掲載させていただきました。
故人は、東京杉並の浜田山にお住まいがありますが、亡くなったのは9月30日午後4時25分新宿歌舞伎町にある大久保病院でした。
秀森山清水寺はご連絡を受け直ちに搬送車で大久保病院に向かいました。午後5時半ごろでした。中央自動車道勝沼IC〜首都高速4号線を順調に走り、初台で下り、大久保病院の霊安室に到着したのが7時半。住職の私は霊安室で静かに読経を済ませ、ご家族や2〜3人の近親者の見送りで、ご遺体には私が同乗して秀森山清水寺の庫裡にご安置したのが午後9時でした。
翌10月1日、ご家族と葬儀の打ち合わせ、秀森山清水寺の本堂(観音堂)に華祭壇が設けられ、その翌日10月2日の通夜は庫裡、3日正午の葬儀は華祭壇を設けた本堂でという3日間でした。
その間ご家族は秀森山清水寺の庫裏で誰にも気兼ねすることなく安心してお過ごしいただきました。
このように秀森山清水寺では、家族葬のために庫裡・本堂を全面的に開放し提供しています。お食事などの接待はできませんが、会場提供、宿泊は一切無料です。
次に、この家族葬にかかった費用の内訳をご報告いたします。
1、ご遺体搬送(秀森山清水寺〜新宿大久保病院まで往複) 113,100円
2、葬祭祀用道具(柩・位牌・骨壷等一切) 199,500円
3、生花華祭壇一式 250,000円
4、出棺・火葬・枕花等一式 21,000円
5、マイクロバス(秀森山清水寺〜火葬場往複) 47,250円
6、遺影大小セット 21,000円
合計 651,850円
ご参考までに
1、 遺体搬送は距離によって差異があります。
2、 葬祭祀用道具は一式100,000円からございます。
3、 生花華祭壇は 一式 60,000円からございます。
4、 マイクロバスはご参列者の人数により不要です。
5、 秀森山清水寺会場・宿泊料等は一切不要ですが、秀森山清水寺が葬儀一切を行う場合、導師・役僧(副住職)2名にて、お戒名(居士・大姉号)総じて450,000円別にかかります。
6、 秀森山清水寺が葬儀一切をお受けしない場合(他のご住職が執行)は、会場・宿泊について会場等使用謝礼として志をいただきます。金額は担当のご住職・お施主様とご相談の上決めさせていただきます。
以上大まかな葬祭費用をご参考までにお知らせいたしました。
秀森山清水寺は過去に、一切葬儀費用等いただくことなく、懇ろに葬儀を行い、更にお遺骨を本堂地下の「秀森山もやいの会」納骨廟にご安置しています。

秀森山清水寺本堂(観音堂)が完成まじかです。ご本尊如意輪観世音菩薩の体内への写経納経は終わりました。
今日(5月15日)本堂屋根最上部に取り付ける「宝珠」が届きました。屋根に取り付けるのはいつ頃か職人に尋ねましたら、今月(5月)25〜6日頃だということです。私は考えました。一人でも多くの方の願い・祈りを込めた写経を今度はその「宝珠」の中に納めたいと・・・・・。
あなたも如何ですか?
何を願い何を祈るか。心の内を写経にこめてお納めになりませんか。
来る、5月24日(日曜日)午前10時からそのための写経会を開きます。写経用紙他お道具はすべて用意してあります。
会費は昼食代含め2千円です。写経と言えば納経、納経と言えば納経料ということになりますが、今回は「志」としてお納めいただ
きます。
お申し込み締め切りは、5月22日(金曜日)です。電話でもFAXでも、もちろんメールでも結構です。お待ちいたします。
雲一つなかった元日の朝、富士は時がたつにつれ穏やかな雲が東に現れ、北アルプスもまた穏やかな雲をいただき美しく輝いています。本年はこのまま穏やかな一年でありますように・・・京都清水寺の貫主さまには、今年の年末こそ「穏」の一字を揮毫していただけるよう祈りたいものです。
報恩(一院建立)
あなたが現在の自分を振り返って、そのご恩にお報いしたいと願う方は誰ですか?ご両親、それとも恩師?知人友人?
いずれにしても何かの形で未来永劫にわたってご恩に報いたいとお考えの方、いま唯一のチャンス。その人のために一院建立することです。秀森山清水寺が滅多にないこの機会をあなたに提案します。
下の図が再建する本堂(観音堂)完成予想図です。その右が本堂に安置されるご本尊如意輪観世音菩薩完成予想図です。ご本尊如意輪観世音菩薩ご安置の下(須彌壇)に納骨室(殯の室)を設け、位牌壇に中興開基としてお位牌を安牌いたします。どうぞ詳しいことはお電話でお尋ねください。
下の写真は、左が庫裡から見た葬儀斎場となる観音堂、右が休憩やお泊りになれる庫裡です。
![]() | 2008/06/02 | いよいよ本堂(観音堂)再建です |
禍を転じて福となす
「生涯に同じ寺の本堂を二度も建てかえすなど天才(ベテラン)でなきゃできないことをやってのけた。」と、秀森山清水寺本堂再建落慶法要に京都からわざわざ駆けつけてくださった、京都清水寺の貫主森 清範師は、落慶法要前日宿泊先のホテルでの歓迎懇親会の席てこう挨拶(紹介)し一同が笑った。「”禍を転じて福となす”という諺を身を呈して成し遂げた功績は志をこえた心念がある」とも付け加え称えてくださった。
2007年10月16日未明本堂を全焼して20ケ月後、2009年6月27日秀森山清水寺は、本山向嶽寺派管長瑞松軒老大師ご導師の下、京都清水寺の貫主森 清範師、全国清水寺ネットワーク会議副代表播州御嶽山清水寺清水谷善英師のご臨席を仰ぎ、向嶽寺派の僧侶15名らと賑々しく、ご本尊如意輪観世音菩薩の安座開眼供養を先に落慶の法要を厳修した。